中小企業診断士として活動しながら、ひとり文具メーカーとして「スライド手帳」や「飾り原稿用紙」でその名を轟かせる、あたぼうステーショナリーの佐川さん。デザインの制作会社を背景に、アプリ連動型やARを組み合わせた「デザイン文具」を生み出し続けるリプラグの田村さん。どちらのブランドにも共通するところや、考えの異なる部分など、自己紹介を兼ねてトークしていただきました。(聞き手〜ハイモジモジ、松岡)
【プロフィール】
佐川博樹 1967年東京生まれ。理系大学卒業後、大手電機メーカーにてSEとして働く。1999年に中小企業診断士を取得して、2003年に開業。その後、株式会社あたぼうを設立、文具の企画販売を開始。2016年に日本文具大賞グランプリを飾り原稿用紙で獲得。使いたいものを作り、自分が使い続けたいものは廃番にしないがコンセプト。
田村智香子 デザインステーショナリーブランド「Re+g(リプラグ)」の営業担当。「いつもあるものにデザインをプラスして、新しい価値をつくる」をコンセプトに、印刷加工や紙、最新技術を使ったデザイン雑貨の制作、販売を行う。お酒が大好き。
どんなブランド?
――改めまして、自己紹介をお願いします。
リプラグと申します。母体はTDS(テイ・デイ・エス)という制作会社で、その中の6人ぐらいで運営しているブランドです。会社には180人のデザイナーがいまして、そこから出たアイデアを製品化しています。
ライターとかウェブや企画も含めてなので、全員がグラフィックデザイナーというわけではないのですが、諸々含めると全員がクリエイターという立ち位置になりますね。
――180人もクリエイターがいらっしゃると、アイデア出しは会議で?
デザイナーがデザイナー目線で「こういうのはどうかな?」って思ったものを作ったり、ARやVRといった新しい技術で「何かやりたいよね」と言って、実際に商品を作ったりします。発案の仕方はさまざまですけど、会議で「何か作ろう」って感じではないですね。
意外と、出す人と出さない人がいるんです。日常に何かしらの不満は持っていても、それをアイデアに落とし込むのは大変で。
アイデアを形にするまでは大変だけど「こんなのあったらいいよね」ってところまでは、意外とハードルはない気がするけど。
ただ「こんなのあったらいいよね」の解答って、いくつか選択肢が出てくるんですけど、その中の最適解を導き出すためにはいろんな試作やテストをしなきゃいけないじゃないですか。
それが楽しいんだけどな。試作にお金がかかったりすると、ちょっと首が絞まるけど。
それが楽しいって言えるのは、すごく大事だと思います。
死んじゃわない程度にね。1人や2人でやってるメーカーは死ぬ覚悟が必要だよね、金銭的に「在庫を抱える」ってところで。経済的な部分では(会社の)規模が大きいほうが有利だと思う。
みなさん自腹を切ってますもんね。でもメーカーの大小に関わらず、死ぬほどの思いをみんなしてるんですよ、きっと。
ある程度の規模があるとチャレンジできるメリットがある一方で、規模が大きいからこそ1人の考えが前に進まない可能性は出てくるじゃない。合意を取らないとダメだとか、自由度は減っちゃうのかなって。
そうですね。最大公約数になったら結局、売れないですし。だからうちの会社ではデザインの方向性を決めるときに多数決だけは絶対にやらないんですね。
1人でやられてると、デザインにしろお金にしろお店の管理にしろ、やらなきゃいけないことがいっぱいあるじゃないですか。でも佐川さんのブランドって、いろんな人を上手に巻き込んでますよね。
「飾り原稿用紙」はそう言えるかな。僕が「こうだ」と思ったやつは売れないから(笑)、外に求めたほうがいいのかなって。そもそも僕、SEだったからデザイン関係の仕事やったこともないしね。
佐川さんって何者?
20代の頃はプログラムを書いてたんですよ、FORTRANとかCOBOLとかJAVAとか。業界でいうと要件定義といって、ユーザーさんから「どういうシステムを作りたいか」を聞き出して設計していく。
――佐川さんって何者なんですか?
本当だよね。まず、会社に入って12~13年はずっとSEだった。ずっとデジタルな世界にいて、会社を辞めて「中小企業診断士」って資格で食い始めた。2003年ぐらいかな。
それ、いつも聞かれるんだけど、自分では分かんないんだよね。会社やSEの仕事が嫌いだったわけでもないし。ただ、中小企業診断士を取ったきっかけはあるんです。
当時、勤めてたのは大企業だったから、中小企業の社長さんが営業に来るわけですよ。下請けでプログラムを組んでくれる、50歳を過ぎたような社長さんが営業に来て、平社員の僕に対して「佐川さん、お仕事ください」みたいな。
一方で、うちの部長なんかも同じぐらいの年代だけど、朝ゆっくり来て、新聞を広げてる。この部長とあの中小企業の社長のどっちが偉いんだろう、あっちのほうが大変だよねって。それで「あの人たちと一緒にできるお仕事ないのかな」と思っていたら、社内に中小企業診断士の人がいて。話を聞いてみたら面白くって、資格を取ったんです。で、資格を取ったら、やってみたくなった。
――そして中小企業診断士をされながら「スライド手帳」を開発されて。
会社を辞めたら、自分でスケジュールを管理しなきゃいけないじゃないですか。会社にいたらグループウェアで人と共有するけど、自分だけなら「紙だよね」ってことで。かと言って自分に合う手帳もなかったから、いろいろ試行錯誤して自分用に作ったのが始まりなんです。
友だちの診断士に見せたら「面白いから売ってみろ」って言われて。2009年あたりかな。最初の3~4年はネットショップで細々と売って、年間に数万円の売上げだった。流通の経験もないし、卸も全然やってなかった。
――そこから、どう変わったんですか?
ある年に
高木さん(ノウト)が主催する「文具祭り」に参加して、
Beahouseの阿部さんと知り合って。彼を見て
「1人でやってる奴もいるんだ」「じゃあ俺もやってみっか」って。そこからですね、ネットだけじゃなくて小売への売り込みも始めたのは。
――その後の「飾り原稿用紙」では2016年の日本文具大賞を受賞されました。
ぶっちゃけ半年とかで下火になって、あとは在庫を細々と売る感じだと思ってたんですよ。でも、盛り上がってきちゃって。リプラグさんに比べれば売上の規模が全然違うと思いますけど、最初に思ってたときよりは物が出ちゃったから、そのリスクはありますよね。
出ちゃったからには作らなきゃだし、作ったからには売らなきゃだし。
――やめられないですもんね、お客さんがついてると。
明日やめるってわけにはいかない。俺が死んだらしょうがないけどね。
FRATイチ押しの商品
――FRATでバイヤーさんに見てもらいたいイチ押し商品を教えていただけますか。
「Log book」という名刺ファイルですね。
「出会った記憶を記録する名刺ファイル」で、名刺の横に出会った日や、その人の特徴なんかを書き込めるんですね。全部紙でできていて、スリットに名刺を差し込んで、横のスペースにメモができます。
そうです。名刺に直接書き込んじゃう人もいるんですけど、最近はオシャレな名刺や凝った素材の名刺が増えていて、そもそも書き込めなかったりします。それを解消するためのツールなんです。そもそも名刺に直接メモするのって美しくないですし。
これ、入社2年目ぐらいのデザイナーがふと考えた商品なんですが、すごく売れていてロングセラーになってます。
――関連アプリもありますよね。
はい、写真を撮ると名刺が3件分一気に登録できます。他社の名刺アプリでもできないことはないですが、せっかくなので「Log book」の規格に合うように専用のアプリを作りました。アプリも作れるところが、うちの強みかもしれないですね。
もうひとつのイチ押しは、
ARの技術を活かしたバースデーカードです。QRコードをカメラで読み取るとURLが出てきて、誕生石の母岩と言われる宝石の入っている岩が出てきます。これをタップすると、誕生石と「Congratulations」って文字が表示されます。ようやくARが世の中に浸透してきたので、みんなに遊んで楽しんでもらえたらなと思ってます。
最近は「文具は廃れていく」って言われ方をしますけど、まだまだデジタルとの融合や、マテリアルやテクスチャーを極めて面白さを追求できるはずです。廃れているわけではなくて、細分化されているだけだと思いますね。
僕が思ってるのは、そういう感じじゃなくて。最近のトヨタのCM知ってます? 社長と香川照之が競走馬の話をするやつ。
昔、アメリカには馬が何千万頭もいたけど、今はほとんどいなくなって、全部クルマに置き換わったと。でも競走馬は残ってるでしょう。だから将来的に残るクルマというのは、みんなが好きに乗る車。社長も「FUN TO DRIVE」って言ってますけど、いわゆるスポーツカーとかレーシングカーは残るだろうって話をしてるんです。
文具もそれと同じ感じになるのかなと思ってて。だから田村さんのおっしゃる細分化はよく分かるんですけど、一方で思うのは「趣味としての文具」ですよね。それこそ「FUN TO DRIVE」じゃないけど「今どき、手で書いてんの?」みたいな。将来的に「インクって何?」って時代になるのかもしれないけど、でも紙と鉛筆、万年筆とか消しゴムとかは残っていく。趣味の物、文化としての生き残りはあるのかなと。
――まさに「飾り原稿用紙」なんて最たる物ですよね。
――佐川さんのFRATイチ押し商品は?
俺は自分がスライド手帳を使ってるから、本当は手帳を売りたいけどさ、まあ「飾り原稿用紙」だろうね。
デザインに結構こだわられた話をサイトで読みましたよ。蜜柑のモチーフの話。
そうそう。皮を剥いてある蜜柑は網のこっち側にする、みたいな。
それにここの蜜柑はもともと5個だったの。でも僕が「5個は食えないんで4個にしてください」って、監修の小日向京さんに言ったんです。そうしたら「冷凍蜜柑は4個で売ってるケースが多いらしいですよ、だから4個にしましょう」みたいなやり取りがあって。
――何の話ですか(笑)
メールのやり取りを引っ張り出して誕生秘話を書いたんですけど、もう笑っちゃって。自分でも「なんでこんなこと考えてたんだろう」って。
サイトにも書いたんだけど、小日向さんからのメールに「もう私は網のことしか考えられなくなってきた」って書いてあって(笑)
以前、2色でやったモチーフがあるんで、今回も2色でやってもいいねって話になって。でも2色になると、色の組み合わせが何種類もできるわけですよ。だから「これとこれでいこう、いや、違うな」「これちょっと(蜜柑にしては)赤っぽく見えねえか?」とか何度も校正をやり直して。しかもレーザープリンターでやるような校正じゃなくて、ちゃんと本機校正したから、どんどんお金がかかって。
――佐川さんって、飄々とされてるようで、めちゃめちゃ真剣に商品を作られてますよね。
真剣に作ってるように見せないからね。でもデザイナーのhoririumさんとは「この網ちゃんと揺らぎを作ってくださいよ、網目は均一じゃないでしょう」みたいな、冗談みたいなやり取りを本気でしてる(笑)
網目の高さがどれも一定じゃないですよね、よく見ると。ちょっと出てたり、ちょっと伸びたり、切れてたり。
そういうのも「やって」って言うと、hoririumさんがやってくれるんですよ。やってくれるんだけど、一番笑ったのが、網目を揺らがしてみたらパソコンがフリーズしたって(笑)
「どうしよう」「もう、しょうがない。網の現物を入稿するしかない」みたいな話になった(笑)
あ、封筒! かわいい! これ、原稿用紙とセットで売ったらいいじゃないですか。
そうそう。別々に売ってるんだけど、一緒に買ってもらいたいな。
今後の活動方針は?
佐川さんはこれから、どういう感じでやっていかれるんですか?
うちのコンセプトは「廃番にしない」。一度作った物は、基本的にずっと作り続ける。
よくあるじゃないですか、いいなと思って買った商品をもう一度買いに行ったら「なくなってる」みたいな。あれがすごく嫌で。だから廃番って罪なんじゃないかと思う。代替品探すのも面倒くさい。
面倒くさいですよね。自分の中で「これ」って思えたパズルのピースがなくなっちゃうんだもん。
もちろんメーカーとしては分かるんですよ。中小企業診断士でもあるし。売れなくなっちゃった物を廃番にしないでそのまま持ってるなんて、これほど企業として無駄なことはないじゃないですか。でもそこは理解しつつ、逆手に取って、うちが死なない程度に「廃番にしない」。
カタログはどんどん厚くなるんだけどね(笑)。でも辞書みたいなカタログ持ってるメーカーさんもあるじゃないですか。
いっぱいありますね。でも「ひとりメーカー」がやったら格好いいですよね。倉庫も「海外に3つあります」みたいな。
うちは廃番にしない佐川さんと違って、増刷するお金があったら新しい物を作りますね。新しい技術に積極的にチャレンジします。
やっぱりひとりの会社ではないので「売れないな」と思ったら、きちんと見極めて判断するのも必要ですし。どうしても売れ残る商品はあるんですけれど、それを何とかして売り切るのが私の仕事です。
うちには「売り切る」って考えはないね、廃番がないから。
そうそう、廃番にしないから。そういう意味では気楽かも。
――でもどちらも正解ですよね、廃番にしない佐川さんも、最後まで売り切るリプラグさんも。その「姿勢」を応援するファンがつくってことですから。
FRATにかける思い
――フラットにかける思いや期待することを教えてください。
他の展示会と絶対的に違うのは、メーカー同士がライバルではなくてタッグを組んでるところですよね。組み合わせの妙みたいなものがあって、ここの商品とここの商品を組み合わせると今まで以上の味や面白さが出てくるんじゃないかなと思ってます。
――横のつながりはありますよね。
バイヤーさんを巻き込んで「このチームでいろいろできますよね」って、そういう盛り上がり方をしてみたいです。どのメーカーもアイデアをいっぱい持ってるし、みんな面白いことをしたがる人たちじゃないですか。
うちの製品って、他のメーカーからしたらすげえ絡みにくいなと思うんですよね。
そんなことないですよ。例えばARの技術と原稿用紙を組み合わせたりできるかもしれないですし。
僕はまだまだ出会ってない小売店さんやバイヤーさんがくさんいると思ってるんです。だからFRATでは、商品のことをちゃんと見てもらいたいなと思いますね。
最近、お店もすごく多様化してますよね。「文房具屋さん+カフェ」とか「カフェ+家具屋さん」とか、ライフスタイル系の店舗が流行ったのもあって、地方でもそういうお店がすごく増えてます。そういう方々にも来てもらいたいですよね。
今回の出展社にも「それ文具じゃなくて雑貨じゃない?」ってところもあるもんね。あれはあれでいいですよね。別に何を作ってもいい。場合によっては本を売ってもいいし、何でもいいと思うんですよ。
そうなんですよね。紙だったら「文具」の括りになるんでしょうけど、リプラグもどちらかというと「デザイン雑貨」って言われたほうがしっくり来るんですよ。だから来られる方には「文具」って言葉に縛られないで、気楽に見てもらえたらなと思います。
FRATの場でバイヤーさんと作戦会議してみたいですよね。「どうやって売っていきましょうか?」って話を。
――今回の「FRAT」のテーマは「船出」なので、バイヤーさんと一緒に船に乗って出港できたらいいですね。
小売店さんとメーカーのコラボレーションでいうと、大きいメーカーとはいっぱいやられてると思うんですけど、小さいメーカーとやっても面白いと思うんですよね。
バイヤーさんにも、そういうアイデアがあったら教えてほしいですね。「何かやりたいと思ってるんだよね」ぐらいのレベルから一緒にやれたら。
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